ニューヨーク 華麗なるアートの舞台

ニューヨーク 華麗なるアートの舞台

全米の、そして世界の芸術の中心地として、誰もが認める都市ニューヨーク。
本特集では前半でこの国の芸術・文化の生命線であるパトロネージュを取り上げ、後半では現代ニューヨークを象徴する
魅惑のシティライフを追う。

パトロネージュが支えるニューヨークの芸術

この街にある一流の文化・芸術組織は、実は市民の寄付により支えられている。
パトロネージュというそのシステムを築いたのは、19世紀後半の大富豪たちだ。
アメリカでは富裕層の当然の義務とされる、文化支援活動の姿を振り返る。

至高の芸術が集まり、最先端のエンターテイメントを創造する街、ニューヨーク。

世界中から才能と資本が引き寄せられ、新たな潮流が絶え間なく生み出されている。

夜毎、絢爛たる装飾がきらめく舞台では喝采が鳴り響き、豪壮な美術館や博物館には芸術を愛する人々が詰めかける。

だが、この華やかな文化・芸術活動を支えているのは、多くの篤志家たちの献金であることはあまり知られていない。

個人による寄付=パトロネージュが数々の芸術機関の生命線となっているのだ。

“MET”の愛称で知られるメトロポリタン歌劇場や、世界五大バレエ団に数えられるアメリカン・バレエ・シアターといった名門芸術機関も、その年間予算の半分を篤志家たちの支援に委ねている。

ニューヨーク 文化の象徴ともいえるメトロポリタン美術館ですら、パトロネージュによる援助がなければ運営はままならないという。

Ⓒ Rosalie O’Connor, courtesy of American Ballet Theatre

アメリカン・バレエ・シアターのエグゼク ティブ・ディレクターであるバリー・ヒューソン氏は次のように語る。

「バレエ、ひいては芸術全般が生み出す美と喜びは、社会に希望の光をもたらしてくれます。芸術機関の存在意義がかつてないほど高まる今、その活動を絶やさぬためには個人からの支援が欠かせません」

本特集前半ではパトロネージュの精神が根づいたアメリカ、その中心都市ニューヨークの芸術・文化の実体を紐解いていく。

現在“小さな政府”を標榜するアメリカでは、国や自治体が芸術活動に積極的に関与することは、実は極めて稀である。

これは政府や企業献金が文化を支える、ヨーロッパや日本とは対照的なシステムだろう。

そのため、アメリカの芸術機関は自ら資金調達に奔走しなければならない。チケット収入や入場料だけでは到底運営を賄えず、多くの篤志家による寄付が不可欠となる。

こうした活動が大きく発展したのは、19世紀後半に起こった「ギルディッド・エイジ(Gilded Age)」と呼ばれる時代だ。

当時、鉄道や鉄鋼、石油産業などが急成長し、産業革命が進んだ結果、アメリカは世界最大の経済大国へと躍進。

カーネギー、ロックフェラー、ヴァンダービルドなどの大富豪が生まれた。

彼らはヨーロッパの慈善活動モデルに触発され、コンサートホールや美術館の創設に巨額の私財を投じた。

芸術への支援は市民の義務であり、成功者や富裕層は社会に還元すべきという、パトロネージュの精神がこうして形成されていった。

その後、この精神は実業家に限らず、広範な慈善家や企業、さらには一般市民へと広がり、アメリカ社会の多くの分野に浸透していった。

たとえば大学では、卒業生が成功したあかつきに母校の援助を行い、一方で地域に根ざした病院では、地元の富裕層がその医療運営を支えている。

さらにアメリカの税制も、パトロネージュを後押ししている。文化・芸術活動への寄付は通常、免税の対象となり、受け取る側も非課税扱いとなる。もちろん節税対策だけが、個人がパトロネージュを行う目的ではないが、芸術分野への寄付を促進し、継続的で安定した支援を促す大きな要因となっている。

政府も直接の財政支援を行わない代わりに、寄付を免税扱いにすることで間接的に芸術を支えているのだ。

取材の中でメトロポリタン歌劇場の大口献金者の一人、キーブラー・ストラッツ氏に話を聞くことができた。

20代の若さでMETの理事会メンバーに選ばれたその女性は「父が理事会のメンバーを20年以上務めていたため、幼い頃からパトロネージュの意義を学んできました」と語る。

6歳から両親に連れられ観劇の習慣を始めた彼女は、次第にオペラの魅力を理解し、この壮大な芸術を未来へと繋ぎたいという想いが芽生えていったという。

理事会のメンバーとなった現在、個人献金による支援に加え、経営戦略の策定やマーケティング、資金調達活動など、METの様々な施策を側面から支えている。

「パトロネージュとは世代を超えて受け継がれるもの。私は次の世代への架け橋でありたい」と語るストラッツ氏。

ニューヨークの芸術活動は、こうした篤志家たちの情熱によって支えられている。