
世界遺産、屋久島が生み出した世界唯一のウイスキー樽
結論から言おう。
2025年1月現在、小牧ウイスキーが成熟されている樽は、世界初となる屋久杉からできている。
世界唯一、ここにしか存在しない樽で刻を重ねているのだ。
この屋久杉をウイスキー樽に使うという発想はどこから生まれたのだろうか。
「鹿児島という土地柄もあり、父の友人に屋久杉を扱う木材商が多く、自分自身も幼少期から屋久杉の壁材を使った母屋で育ちました。それほど僕にとって屋久杉はとても身近なものであり、愛着のあるものなんです。ウイスキーを作り始めるにあたって、本格焼酎の工程には無い“木樽によるエイジング”を考えたとき、自然と屋久杉に行き着きました。1000年経っても褪せない安らぎを与えてくれる高貴な香り、屋久島の大自然林に囲まれたような清涼感のある穏やかな香りが大好きだったからです」(小牧氏)。
だが、ウイスキー好きならばお気づきの通り、これは通常ならばありえないこと。
西洋のウイスキー業界では古来より楢をはじめとした広葉樹を樽に使うことが一般的であり、杉のような針葉樹はタブーとされているのだ。
「杉が使われない一番の理由は、やはり香味や油分の強さでしょう。僕も普通の杉であれば、そう思ったかもしれません。ただ通常の杉が寿命80年くらいに対して、屋久杉は個体差はあるものの1000年を有するものであり、同じ杉でも全然違ったものとなっているのです」(小牧氏)。
さらに、日本古来の酒文化も考えの背景にあったという。
「日本は古来より日本酒や本格焼酎で杉の菰こもだる樽や杉桶を使ってきた歴史があり、僕なりの『ジャパニーズウイスキーとは?』という疑問への答えとしても、屋久杉に辿り着いたんです。樽貯蔵は酒質を素晴らしいものにする“悠久の時間”。世界遺産にも認定された屋久島の屋久杉で作る樽こそ、悠久の時間を過ごすウイスキーにとって最適解だと思ったのです」(小牧氏)。
だが、やはりタブーにはタブーの意味があった。
「本当に困難の連続でした。ジャパニーズウイスキーの先輩方が手を出さなかった理由があったわけです。まず、1990年に屋久島が世界遺産に登録され、屋久杉の伐採が禁止になり35年前から流通されなくなっていました。もう、どこにもない。それでも鹿児島ですので木材卸などに行けば少しは見つけられたので、屋久杉の3メートル程のテーブルを買い、直接、樽工房に持ち込んだのですが作ってくれませんでした。木材には板目と柾まさめ目というものがあるんです。簡単にいうと板目とは輪切りで年輪がよく見える切り方。柾目とは木を縦に引き裂く方法です。日本の菰樽はスギの板目で作っているので、問題ないと思ったのですが西洋樽は柾目でないといけないとは知らず、もちこんだ板目のテーブルでは作れないと追い返されたんです」(小牧氏)。
木材を手に入れても作れない。
それには、これまでにない“ウイスキーを樽から作る”という挑戦だからこそ伴う出来事であったと言えるだろう。
もう新たな流通をしていない、わずかに残った貴重な屋久杉の中から「柾目」である木板を探さなければならない。
それは想像以上の困難を極めた。
「本当にどこにも無いんです。考えればみんな1000年の年輪が見たいわけで、昔の職人は屋久杉を板目にしか伐採していないんです。ほうぼうを探してもなく、話せば長くなるほどの苦労を重ね、やっとなんとか見つけることができました⋯⋯。ですが、柾目の原木を手に入れた後もどこの製材所もカットしてくれないという事態が起きてしまいました。理由のひとつとして、屋久杉がとても高価な木材なため、カットする責任を取れないというのです。もうひとつの理由として、ほとんどの製材所が現在の木材規格に合わせたカットマシンしか持っておらず、そもそもカット自体が出来ないんです」(小牧氏)。
木材探しからカット、樽の組み立てなど樽を作るだけで、いつしか約2年の歳月がかかっていた。
「すべてが世界初の屋久杉での樽制作、約2年をかけて多くの職人仲間に支えられながら最初の樽が組み上がり、蔵に届いたとき屋久杉樽のあまりの神々しさに感極まったのを覚えています」(小牧氏)。