IWA 日本酒の新しい標榜
いま、お酒が面白い。ジャパニーズウイスキー、ミード酒、そして日本古来の日本酒に新しい潮流が生まれている。
新しい発想と伝統の技術、そのフィロソフィーに迫る。
Index
探し求めた風景の中で生まれる別格な日本酒
立山連峰の裾野に、その蔵はある。
2019年に創業した株式会社白岩は世界 でも稀有な日本酒を作り続けている。
その最大の特徴はワインの伝統的なブレンド技法である「アッサンブラージュ」を用いていること。
異なる産地で栽培された山田錦、雄町、五百万 石などの酒米と5種類の酵母を使い、毎年 最大で20種類ほどの日本酒を醸造。
1年半にわたる熟成を経て、完成する。
その類まれな日本酒をつくり出すのはリシャール・ジョフロワ氏だ。
フランスはシャンパーニュに生まれ、28間年に亘ってドン ペリニヨンの5代目醸造最高責任者として多くの偉業を成し遂げてきた彼が 新たな地として選んだのが日本の富山県。
そして、そこで日本酒を創り上げることであった。
その名を 『IWA 5』という。
今回、aristosは普段は公開していない蔵への特別取材が許されることとなった。
晩夏の頃、青空と田畑の緑のコントラストの中に、まるでそこだけ空間を切り取ったように蔵が現れる。
隈研吾が設計した蔵は美しく風景に馴染むが、その周囲を歩くとどこか荘厳さを感じるほどの存在感をもっている。
蔵の内部に入るとガラス張りの土間が広がり、周囲の雄大な風景が目に入る。
ここは世界中から訪れるゲストを迎えて打ち合わせなどをおこなう一方で、充実したキッチンが備わり、トップシェフとのコラボレーションにより様々な食材・料理とのペアリングを提案する非常にクリエイティブな空間にもなっている。
「この地で日本酒をつくり上げる構想は明確にあったんです」と、同社CEOであるシャ ルル アントワン・ピカール氏(以下、ピカール氏)はいう。
ピカール氏18年間モエ・ エ・シャンドンやドン ペリニヨンのブランドマネジャー・ディレクターを歴任し、ジョフロワ氏と株式会社白岩を立ち上げた。
「山から続く田畑に囲まれ、その眼下に街とその先に海が見える。こういった日本の風景の中でIWAのための酒蔵を造り、日本酒を生み出すという構想がリシャールの頭の中に ありました。なかなかそのイメージに合う場所がなかったのですが、ついにここに見つけることができたのです」(同)。
ジョフロワ氏の構想は蔵だけではない。
周囲の田には来年から酒米を植える準備が始まっており、いずれはこの地で採れた酒米で「アッサンブラージュ」のひとつとなる日本酒をつくり上げていくのだという。
現在、テストとして植えている酒米はすべて無農薬栽培だ。
「リシャールの強いこだわりです。野生のイノシシが訪れては食べようとするなどとても大変ですが、美味しくできている証拠でもあります」とピカール氏は笑顔で語る。
シャルル アントワン ピカール
フランス・パリ出身。18年間モエ・エ・シャンドンやドン ペリニヨンのブランドマネジャーやディレクターを歴任した後、2019年リシャール・ジョフロワらと株式会社白岩を設立。株式会社白岩 代表取締役社長となる。自ら『IWA』の可能性とクリエイティブを率先して引き出す。
常に新しいチャレンジが生み出すこれまでにない伝統
土間からは醸造施設もガラス越しに見ることができる。
まばゆいほど輝きながら立ち並ぶステンレスタンクは一見、普通の醸造所と変わらないように思えるが、さきほど記載した通り、ひとつの日本酒をこのタンクすべて同じようにつくるのではない。
毎年、ひとつのタンクでひとつの日本酒、最大で20種類ほどの日本酒が「アッサンブラージュ」のためにつくられるのだ。
タンク室の中で、ひときわ背の高いタンクがアッサンブラージュ専用のもの。
昨冬は16種類の 日本酒が創られ、リシャール氏の厳格なテイスティングのもとブレンド割合が確定。
専用タンクで「アッサンブラージュ」がおこなわれ、1年半にわたる熟成に向けて、その年の「IWA 5」として完成する。
「あえて完成したレシピをもたず、毎回作品のようにつくられます。アッサンブラージュには3週間ほどの期間がかかります」(ピカール氏)。
タンク室を抜けて蔵の2階に上がると作業場があらわれる。
ここで、精米された酒米 を蒸して冷やし、酒母造りまでおこなわれるが、純米大吟醸である「IWA 5」の精米は35%で統一。
そこまで磨き上げた酒米を冬の仕込み時期に毎朝7時から蒸し始めるという。
その後に手作業で製麹をおこない酒母造りへと進む。
『IWA』の酒母造りはとてつもない手間暇をかける。
乳酸菌を添加しない「生酛」と、乳酸菌を添加する「速醸酛」を順番につくり上げ、さらに清酒酵母だけでなくワイン酵母も使う。
ワイン酵母のほうが繊細な清酒酵母より強いため酒母室はふたつに分けられ、人の出入りは禁止。
すべては「アッサンブラージュ」のために、手間と時間をかけて様々な味わいの日本酒がひとつひとつ生み出されていく。
2階の作業場は回廊のようになっている が、これもジョフロワ氏の構想から生まれた。
「ほとんどのワイナリーは作業場所とレセプ ションは別にあるんです。その境をなくすようなコミュニティをリシャールは作りたかった」(ピカール氏)。
たしかに、入口から土間、タンク室、2階の作業場という流れは非常にシームレスにつながる。
ふと、「シームレス」という言葉はジョフロワ氏が ドン ペリニヨン時代によく発していた言葉でもあることを思い出す。
それは蔵だけに通じることではないように思える。
蔵を囲む空気や風、匂い。
そして土間 とタンク室から見える風景が自然とゆったりとつながっているようにも感じるのだ。
ジョフロワ氏の構想が理想の日本酒をつくるだけではなく、その背景も含めて物語と意味があるものを作るという確固たる意思を感 じるほどだ。
価値観を守る責任
「どのような日本酒を作りたいのか、というビジョンは明確でした」とピカール氏は言う。
それは純米大吟醸ではありつつも、これまでとは違ったピュアな表現をしたいと いうものだった。
口腔内でのふくよかさに 重点をおき、余韻のある日本酒を目指したバランスを考え抜いた末に「アッサンブ ラージュ」という手法になった。
「飲みやすさと存在感のバランスが難しいんです。一番難しいのは、生酒は出来上がりから数日で味が一気に変化する。その変化を想定しながら生でブレンドして、火入れの効果も想像しなければいけない。でも、そこはドン ペリニヨンとの共通項でもあったんです。ドン ペリニヨンも泡をいれる前にブレンドをして、泡が入ったときのこ とを想像しなければいけない。ニュアンス は違うけども想像が必要なのは同じで、リシャールはすぐに適応し、より良いバランスを考えることができたのです」(同)。
もちろん、これまでの日本酒でもブレンドをおこなうものはあったが、ここまでアッサンブラージュにこだわり、芸術的ともいえる高度なブレンド技法で創られているのは『IWA』しか存在しない。
実際、「IWA 5」を飲むと、舌の上で流れるように広がり、甘さと酸味、そして米の香り が広がる。
飲みやすさを感じると共に、喉を通ったあとに広がる余韻で『IWA』ならではの幾 重にも
香りが重なる日本酒ならではの個性もしっかりと浮き出てくるのは見事だ。
「日本酒をマニアックなものではなく、日本酒を初めて飲まれる方や飲み慣れていない人にもアピールしたいと考えていま す。
また和洋中さまざまな食事と共に日本 酒を飲む経験を作りたい」(同)。
その思いはつくり方だけでなく、基本的にオンラインでの直接販売のみという販売方法にもあらわれる。
「我々は日本酒のシェアを奪うのではなく 広げたいと思っています。飲み慣れていない人にも届けたいですが、『IWA』はプレミアムなブランドです。そのためにもイメージも価格もしっかりと責任をもってお届けできるように自分たちの目が届く範囲でやっていきたい」(同)。
ここまで真摯に日本酒に向き合う。
その姿勢は、なぜ生まれたのだろうか?
日本の地で日本の酒を創るということ
「日本酒が大好きで新しい可能性があると感じ、このプロジェクトに取り組んでいます。 フランスではなく、日本の地で創るべきというリシャールの信念にも共感しています」(ピカール氏)。
日本酒の飛躍を信じたジョフロワ氏が作り上げた『IWA 5』は、いまや日本だけでなく 世界各国で称賛を浴びている。
「とてもありがたいことに、日本でも海外でも想定した以上にとても高い評価を得ることができました。
多数の三つ星フレンチレストランにも採用されていますし、海外の有名なラグジュアリーホテルでも取り扱いが始まっています。
いままで日本酒を扱っていなかったレストランやホテルで取り扱ってくれるようになっているのです。
ソムリエから高い評価を得ていることに加え、とりわけ最近はシェフ自身が積極的に採用してくださる流れが生まれています」(同)。
たしかに肉、魚、野菜といった幅広い食材だけでなく、醤油や味噌、フォンドボー、アメリケーヌソース、スパイス、そしてデザートまであらゆる味わいに違和感なく馴染めるバランスに可能性と発展性を感じるのも納得だ。
もはや、IWAが日本酒の新しい潮流になりつつあると言えるが、完成したレシピをもたず進化し続けるという日本酒『IWA 5』の唯一無二たる根幹は揺るがないだろう。
多くの経験とチャレンジを重ね、この9月に『IWA』から、新たな「IWA 5 アッサンブラージュ5」がリリースされた。
だが、実際には、その年のブレンドをおこなっているとき、その先にある翌年の味を見つめているのだという。
この瞬間にも、未来の『IWA』に向けて人の技術と想い、そして自然の恩恵が時を重ねている。
進化と革新、発展と伝統を両立し、来年もまたこれまでにない日本酒が生まれるだろう。
その時に思いを馳せながら「IWA 5」最新のアッサンブラージュを楽しみたい。
ドン ペリニヨンを28年間率いていた同氏が日本酒に抱いた想いとは?
今回、aristosのためにリシャール・ジョフロワ氏が特別インタビューにこたえてくれることとなった。
―日本酒と初めて出会ったときの印象はどのようなものだったのでしょうか?
1991年に初めて来日して以来、さまざまな日本の食文化と日本酒を体験してきました。その中でも、京都の大徳寺で精進料理とともに日本酒を飲んだ際に、啓示のように日本酒の素晴らしさに打たれ、日本酒の世界への扉が開かれたのです。それ以降も日本を訪れるたびに日本酒への興味が高まっていきました。そして、純粋な日本への愛とリスペクトが日本酒造りへと導いたのです。
―リシャールさんが長く関わられていたドン ペリニヨンと日本酒の共通項や違いはどういったところにあると感じますか?
日本酒とシャンパーニュには多くの共通点があります。どちらもバランスが重要で、甘味、酸味、塩味、苦味、旨味という基本に立ち返ることが求められ、両者は共に滑らかなフロー(飲み心地)を有しています。ワインと比べても日本酒造りにははるかに多くの微生物学が関わっており、その醸造プロセスにはより多くの選択肢があります。日本酒は非常に複雑な飲み物であり、それを造るには高度な経験が必要だと感じています。
―そういったなかで、リシャールさんはなぜ日本酒を富山の地で作ろうと思ったのでしょうか。
IWAの中枢ともいえる酒蔵のある富山県・立山町白岩は、すばらしい水と美しい景観に恵まれた場所だからです。また、富山の起業家精神に溢れた前進的な気風にも惹かれました。
―なるほど。IWAは創立から5年目を迎えます。最初に思い描いていた「アッサンブラージュ」の味わいと、現在ではどのような変化が生まれているのでしょうか?
完成されたレシピを持たず、実験的なプロセスを辿りながら毎年進化し続ける「IWA」は今年9月に5年目の「IWA 5」をリリースしました。富山県・白岩の酒蔵での数年間のプロセスを経て、IWAのクラフトの技術はますます堅固なものへと発展を続けています。醸造をするうえでいくつもある選択肢への理解度は年々増し、いま、新たな高みに達しています。
―今回の「IWA 5」で目指したものはなんだったのでしょうか?
私たちが目指したのは、自分たち自身に新たな発見と驚きをもたらし、新たな飛躍の道筋を見出すことです。そうして造り上げられた「IWA 5」は、新たな日本酒の世界へと足を踏み入れたような感覚でした。IWAの酒造りは、精神性に迫る対話そのものです。ビジョンと醸造の技術が融和し、高め合い、新境地をまた次のステージへと塗り替えました。新たなアッサンブラージュの創造の旅は、毎年、確かな進化をもたらし、IWAを未知の領域へと導いています。