払暁に現れた大伽藍 アンコール・ワットの全貌
9世紀、クメール人により、アンコール王朝は成立した。
12世紀に建立されたアンコール・ワットはヒンドゥー教寺院だ。
密林の奥で時を超えてきた遺跡群。その姿に誰もが言葉を失う。
闇が紫色に薄らぐと、墨絵のような大伽藍がそびえていた。アンコール・ワットが最も美しいとされる時間だ。9世紀からおよそ600年間、クメール人はトンレサップ湖近郊の密林に都を構え、インドシナ半島に広がる一大王国へ発展させた。その中心であるアンコール・ワットは、クメール王朝のスールヤヴァルマン2世がヒンドゥー教の神を祀るために建造した宗教的シンボルだ。地域には60を超える寺院が建立されたが、15世紀、シャムに攻略されると、この都は歴史の表舞台から消えた。

19世紀半ば、フランス人学者アンリ・ムオが同地を探査し旅誌を書くまで、アンコール・ワットは世界に知られていなかったという記述もある。それは正確ではない。すでに16世紀、ポルトガル人が存在を伝えており、そればかりか徳川家光の時代に日本人も訪れている。朱印船交易の一行であり、現在もアンコール・ワットの石柱に当時の日本人が記した墨書が読みとれる。
そんな我ら先達の落書きは美しいとは言えないが、遺跡の回廊に刻まれた緻密な浮き彫りは実に見事だ。題材は古代インドの叙事詩やヒンドゥー教の神話など様々だが、それにも増して人を惹きつけるのは、デバターと呼ばれる女神像である。8ページに掲載された石彫がそのひとつ。薄衣をまとい、装飾品を付け、踊るような仕草を見せる。瞳を閉じた意味深な表情を見ていると、心がそこから離れなくなりそうだ。
陽が上りアンコール・ワットが全貌を現す。目に焼き付けて、次の遺跡を目指した。