未来の自分が人生を楽しむために
年齢を重ねても、自分らしく人生を楽しみ続けるために、私たちは体とどう向き合えばいいのか。病気になってから対処するのではなく、まだ症状のない段階から変化を知り、老化の速度を緩やかにしていくことが大切だという。鉄分の蓄積リスクから、健康への投資という考え方まで、辻先生にお聞きした。
鉄分の重要性と蓄積リスク
「鉄分」と聞けば、貧血予防のために積極的に摂ったほうがいいもの―。そんなイメージを抱く人は少なくない。しかし辻先生によれば、鉄には「不足」だけでなく「過剰」という問題もあるという。成人の体内にある鉄のうち、およそ60〜70%は赤血球のヘモグロビンに存在しているが、とりわけ男性は、月経によって定期的に鉄を失う女性とは異なり、体外へ排出する機会が少ない。そのため、知らず知らずのうちに鉄が蓄積しているケースもあるという。鉄は、血液を通じて全身に酸素を届け、細胞のエネルギー産生を支える重要なミネラルとして欠かせない一方、過剰になれば酸化ストレスを強め、いわば体を“錆びさせる”要因にもなる。つまり、多ければ多いほどいいという単純なものではないのだ。
厄介なのは、そうした体内の変化が必ずしも自覚症状として現れるわけではないことだ。辻先生は、多くの人が「病気になれば、痛い、だるいといった明確な変化が起こると考えていること自体に、大きな誤解がある」と指摘する。たとえば血管の内側では、酸化などによるダメージが少しずつ積み重なっていても、すぐに異変を感じるわけではない。建物の水道管が内部で徐々に劣化していても、水が流れている間はその変化に気づかないのと同じだ。つまり、ある日突然病気になるのではなく、実際にはそのずっと前から、体は緩やかな坂道を下り続けているのである。
健康とはなにか?
ここで重要になるのが、「健康はなにを基準に考えるのか」という視点だ。辻先生が重視するのは、「病気か、病気でないか」ではなく、若く健康だった頃の自分から、現在どれほど身体機能が低下しているのかという見方だ。30歳頃の状態をひとつの基準とすれば、40代、50代、60代と年齢を重ねるにつれて誰もが少しずつ坂を下っていく。大切なのは老化を完全に止めることではなく、その“下り坂の角度”をいかに緩やかにできるかだという。
そのために必要なのも、劇的な若返りを期待するような特別な方法ではない。まず現在の状態を調べ、何がどれくらい低下し、その背景に何があるのかを知る。そして食事、運動、睡眠、ストレスといった生活環境を整え、老化を促す要因を減らしていく。辻先生は「何が一番大切か」とひとつの答えを求めることにも否定的だ。老化は単一の原因で進むものではなく、さまざまな要因が複合的に積み重なった結果だからだ。
そして辻先生が、とりわけ強く訴えるのが「健康にこそ投資すべき」という考え方である。仕事を通じて資産を築き、豊かな生活を手に入れたとしても、それを楽しめる身体を失ってしまえば意味がない。ゴルフをする、おいしい食事を味わう、旅に出る、大切な人と時間を過ごす。人生を豊かにするのは、単に長く生きることではなく、そうした楽しみを自分の意思で続けられることではないか。

老化そのものをなくすことはできない。しかし、日々の小さな積み重ねによって、その速度を緩やかにすることはできる。1年ではほとんど感じられない小さな差も、10年、20年と積み重なれば大きな差となって現れる。
「今の自分が、これからの人生で一番若い」。
辻先生の話を聞いていると、アンチエイジングとは単なる“若返り”ではなく、未来の自分が人生を楽しむための準備なのだと気づかされる。症状が現れてから対処するのではなく、まだ何も感じていない今から自分の体の変化を知り、管理していく。それこそが、人生を豊かに生きるための健康への投資なのである。


