“脳の老化とは何か? 30代から始まる変化に備える“
物忘れが多くなった、集中力が続かない、感情のコントロールが難しくなった──。
それらは単なる加齢現象ではなく、仕事の判断力や人生の質に直結する「脳の変化」かもしれない。
フェニックス メディカル クリニックの賀来哲明氏に、その原因と対策を伺った。
脳の老化の五大要因
―医学的に見た「脳の老化」とは、具体的にどのような現象を指すのでしょうか?
賀来 医学的にいう「脳の老化」とは、神経細胞が減る現象だけではありません。実際には、①神経細胞の脱落、②シナプス機能や神経回路の効率低下、③白質(髄鞘)の質的変化、④微小血管障害、⑤慢性炎症、これらが複合的に進行する状態を指します。
一番多い原因は、④微小血管障害です。脳の大きさは体重の約2%ですが、血流全体の20%以上を使い栄養や酸素を供給しています。そのため、脳の血流が滞ると脳細胞同士の連携が損なわれ、機能低下に陥ります。
―やはり加齢が最大のリスクなのでしょうか。
賀来 重要なのは、原因が「年齢そのもの」ではない点です。高血圧や脂質異常、糖代謝異常、睡眠不足、運動不足、喫煙、過量飲酒、社会的孤立、感音難聴など、修正可能な生活因子が脳の脆弱性を高めます。つまり脳の老化は、「生活・血管・炎症」の総和として現れる現象なのです。
―脳の老化というと認知症を想像しますが、なぜ起こるのでしょうか。
賀来 認知症は大きくアルツハイマー型認知症と脳の血管障害による認知症に分かれます。
アルツハイマー型認知症の場合、原因物質とされるアミロイドβ(ベータ)タンパクが脳内に蓄積して起こります。過剰に作られるというより、血管周囲の排出機構や脳のフィルター機能、免疫の低下が重なり、「排出されにくくなる」ことが主因です。特に、睡眠は老廃物の除去を促進するため、慢性的な睡眠不足もアミロイドβタンパクの排出を妨げます。
脳の血管障害に関しては、小さい脳梗塞が起こることで段階的に認知機能が落ちていきます。そのため血圧の管理が非常に重要で、血の塊ができないようにしたり、高血圧を防ぐことが欠かせません。

―脳の老化は、何歳頃から始まるのでしょうか。
賀来 脳の機能によって異なりますが、近年の大規模解析では、脳のネットワーク効率は30歳前後でピークを迎え、その後は加齢相へ移行するとされています。一方で、白質(髄鞘)などの構造的要素は中年期まで比較的保たれることも分かっています。30代頃から変化は始まりますが、その後の経過は生活習慣で大きく左右されるでしょう。
―脳が老化すると、記憶力や集中力、感情面にはどんな変化が起こりますか。
賀来 典型的なのは、新しい情報を覚えるづらくなる、注意力やマルチタスク能力の低下、処理速度の鈍化です。感情面では、ストレス耐性が落ち、不安感や抑うつ、怒りっぽさとして表れることもあります。
―男女によって老化の表れ方に違いはありますか。
賀来 女性は記憶低下が比較的緩やかな傾向にありますが、更年期のホルモン変動が影響します。女性ホルモンのエストロゲンは、脳血流や抗炎症に関与するため、その低下が脳機能に影響を及ぼします。一方、男性はテストステロン低下により、意欲や集中力が落ち、脳疲労を自覚しやすくなるのが特徴です。
―老化のスピードに個人差が出るのはなぜですか。
賀来 鍵となるのが「認知予備能(脳予備能)」です。教育歴や知的活動、社会参加、複数言語の使用など、脳を多面的に使うことで鍛えることができる「余力」のことです。この余力があれば、多少の脳の病変があっても症状として表れにくくなります。加えて、血圧や糖代謝、睡眠、運動、難聴といった血管因子の管理が、老化の速度に大きく影響します。脳の老化は遺伝だけでなく、「これまでの生活設計」で大きく変わります。簡単なチェック項目をお伝えしますので、参考にしてください。
□血圧が高くなった
□夜中や早朝に目が覚める
□脳疲労を感じる。聞き返しが増える
□週2回ほどの運動習慣がない
脳は先手を打って守る臓器
―現在、脳の老化に対してどのような医療が行われていますか。
賀来 医療的アプローチは、①原因疾患の治療(血管因子、睡眠障害、うつなど)、②早期診断とリスク層別化、③病態修飾療法、④脳回路への介入、に分かれます。
近年では、早期アルツハイマー病に対する抗アミロイド抗体(レカネマブ等)が、進行を遅らせる薬として登場しました。ただし副作用管理が不可欠で、MRIによる慎重なモニタリングが必要です。
―私たちが今日から取り組める「脳を守る習慣」を教えてください。
賀来 エビデンスが強いのは「血管×生活」の最適化です。血圧・血糖・脂質管理、禁煙、節酒、有酸素運動と筋トレ、睡眠の質改善、難聴やうつの適切な治療、社会的交流の維持。逆に、睡眠を削る働き方、運動ゼロ、喫煙、過量飲酒は避けるべき習慣です。
「脳が若い人」の共通点は、睡眠を投資として確保し、運動を習慣化し、血管リスクを放置せず、新しい学びや挑戦を続け、人との関係を大切にしている点です。会社のKPIと同様に、自身の健康指標を定点観測している人ほど、長く高いパフォーマンスを維持している、というのが実感です。
―今後、脳の老化に対する医療はどのように進化しますか。
賀来 今後は、早期診断によって「発症前後」を捉え、病態修飾療法(抗アミロイドβ抗体など)を適切な人に早く届け、副作用リスクを遺伝子・画像で層別化して安全に使う、という方向に進むと思います。さらに、薬を脳に届かせる技術も研究が進んでおり、治療の選択肢は増えるでしょう。
しかし、最大の現実解は依然として、血管因子や睡眠、運動などへの早期介入にあります。脳の老化は静かに進み、自覚しにくいものです。だからこそ、「壊れてから直す」のではなく、「計測して先手を打つ」ことが重要です。脳を守ることは、健康管理である以前に、人生の舵取りを誤らないための投資なのです。

賀来哲明
医療法人社団鳳凰会フェニックス メディカル クリニック医長、産婦人科医長。2014年、東京医科大学医学部医学科卒業。同年より東京大学医学部付属病院にて医師として従事。2020年より現職に就任。

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